【リトル歴16年 / C.K】
「わたしの光」
・出会い
2010年の夏、私と姉は、六本木にある練習場の扉をはじめて開けました。
あの重厚な扉の重み、30名ほどのメンバーが揃った光景を、今でも記憶しているのは、当時の心境もあったのだと思います。
現NHK東京児童合唱団出身のメンバーのなか、卒団生ではない私たち。
幼い頃から、童謡や讃美歌を歌い、音楽好きの母の影響で、自然と音楽に囲まれた環境で育ち、歌を本格的に学ぶ道に進むなかで、色々なご縁に恵まれ、気づけばリトルキャロルに加入することになりました。
当時は想像もしなかった30周年、この場をお借りして少し振り返りたいと思います。
・2010年の冬
入団当時、私は、まだ学生ということもあり、学業と将来の展望、リトルに加えて、もう一つ在籍する合唱を行き来する、目まぐるしい日々を過ごしていました。
夏の長岡コンサートを終えてまもなく、入団と同時に、4ヶ月後に控える紀尾井本番に向けて、これまで積み上げられたリトルのナンバーと振付を全て取り込むことになりました。
当時より、不安を抱えていたことは、歌声と気持ちを合わせること、そして自分達を受け入れてもらえるのか、という思いでした。これまで積み上げられたリトルのサウンドを壊さぬように歌うことが一番緊張しました。
それでも、不思議なことに、初めてリトルと声を合わせた時、自然と寄り添いたくなる、懐かしい気持ちになる感覚が強かったので、これまで歌った歌い方との良い調子を模索して、とにかく迷うことなくしがみつくように本番に臨みました。夜遅くまで、姉と振付を何度も繰り返し確認したのも良い思い出です。
そして迎えた本番、クリスマス曲の数々、大好きな曲の一つ「We Are the World」を歌ったときの舞台からの光景、涙と笑顔がはじめて同時に溢れる感情になったこと、リトルの作り上げる音楽、歌声が好きだと確信したこと、ピタッとパズルのピースがハマるような感覚で、不安よりも、ここで歌うことのできる実感と喜びを感じました。
・︎2019年の冬
入団後も、今と変わらず毎週練習を重ね、毎年さまざまな舞台に向けて取り組み、それぞれのライフイベントに伴うメンバーの入れ替わりもあるなか、常に同じ方向を向いて、前に進む姿勢のまま、ひたすら歩みつづけてきました。メンバーとのたわいのない会話を含めると、語り尽くせないほどの長い時間をともに過ごしました。
その中でも、ある3年間は、私にとって転機となる思い入れ深い年です。
その理由の一つは、大切な人とのお別れでした。
はやくに父を亡くしてから、これまで家族を支えてくれた祖父、これまで本番に足を運ぶことがなかった祖父が、自ら観にきてくれたのが2019年の紀尾井公演でした。最初で最後となりましたが、祖父に姉妹そろって、リトルキャロルの歌を届けることが叶ったのは本当によかったです。
翌年はコロナ禍、個人的に言葉を並べることも、気持ちの整理もつきませんでしたが、大切な仲間への想い、各々自分の心と向き合いながら臨んだ2021年のステージ、アルバムのリリースを通して、みんなの気持ちが少しずつ溢れ、涙したことは忘れられません。
あの時、そっとみんなの心を寄せられる場所を作ってくださった麻衣さんの優しさに、今も心から感謝の気持ちでいっぱいです。
・2026年、結成30周年
リトルとともに歩んできた16年間。
わたしの歌う意味、リトルキャロルで歌う意味を自分に問うこともありました。
それでも、共に練習を重ねた年月や、信頼できる大切なメンバーとの絆は、私の誇りであり、自分が帰れる場所、それが私にとってリトルキャロルなのだと、この3年間を通して、改めて強く思いました。16年前、私たち姉妹を迎え入れてくださりありがとうございました。
これまでも、これからも活動を継続できるのは、本当に多くの方々の支えと、メンバー一人ひとりの自立した姿勢があるからに他なりません。自身のライフワークとしなやかに向き合うメンバーの姿を、私は一人の女性としても本当に尊敬しています。
そして、常にリトルの中心で光を照らし続けてくれる先輩方に、心から感謝しています。
これからも、リトルキャロルの一員として、どのように貢献していけるかを問い続けながら、30周年コンサートでは、心を込めて歌いたいと思います。

(編集より)
長い年月をかけて丁寧に歩みを重ね、いつも周りへの細やかな気遣いを忘れない C.K。
その揺るぎない支えは、感謝してもしきれないほど、今のリトルキャロルを大きく支えてくれています。
S.K、C.K姉妹へ
幼い頃からそれぞれ違う歌のルーツを持つお二人が、気づけば現役時代よりずっと長い時間を共に重ねてくれたこと、その絆はもう私たちの枠を越えた大切な宝物です。